またあの日が

 またあの日がやってくる、忘れはしないが見たくはない。

 2011年3月11日14時46分、時間まではっきり覚えている、東日本大震災、あれから8年である、テレビは思い出したように特集番組で津波の映像、1Fの2号機、3号機の爆発の映像を流す。

 忘れはしないが、もう見たくはない、実際に災害にあった人はどういう気持ちで観ているかを考えると胸が痛む。

 8年でどこまで復興できたか、震災、津波の跡は時間と金を掛ければ何とか格好はつくかもしれない、しかし1Fの処理は技術的なめどもつかず手探り状態である。

 たまり続ける汚染水のタンクは今年中には置き場が無くなる。

 なにかいい知恵はないものか、無能力者がいくら考えても思いつくはずもない。

この記事へのコメント

2019年03月10日 00:38
こんばんは
阪神淡路の時、東京も揺れたのです。
寝ていて揺れてTVで地震のニュースを見ました。
3.11は、仕事しながら揺れてました。
ビルが羊羹のようにぐにゃっと揺れたのには、ビックリ。
歩いて帰りました
復旧のスピードは、遅い
2019年03月10日 08:14
建設関係は東京に吸い取られて、復興が遅くなってるような話も聞きますが。
今や日本中がオリンピックに目を向け始めています。
浮かれてる時じゃないんだけど。
2019年03月10日 15:30
ヘト姐さんコメントありがとうございます。
 東北の人は辛抱強いからじっと我慢をする、それに甘えてはいけません。1Fの汚染水、薄めて海に流すことを考えているようですが、全部流せばセシュウムの量はかは変わらない。味噌汁がショッパイからといってお湯で薄めて全部飲めば摂取する塩分の量は同じこと。
2019年03月10日 15:33
nbari1498さんコメントありがとうございます。
 あの時は寒かった、ここらあたりは200kmは離れているが怖かった、地場のしいたけはまだ出荷できないようです。

この記事へのトラックバック